2016年6月28日火曜日

消費税再延期も財政出動も意味なし? サミットでハシゴを外された日本

【安倍人気】
【URL】http://www.newsweekjapan.jp/kaya/2016/05/post-16.php
【出典】 NewsWeek日本版 2016年05月31日(火)06時12分

<伊勢志摩サミットで協調した財政出動を打ち出したかった日本だが、日本のもくろみは外れてしまった。経済政策は完全に手詰まりになっている>
 伊勢志摩サミットは27日、首脳宣言を採択して閉幕した。日本は財政出動に関して強いリーダーシップを発揮したいと意気込んで会合に臨んだが、各国は実質的にゼロ回答に終始し、日本の目論見は完全に外れてしまった。
 安倍首相はサミットでの合意よりも消費税再延期という国内事情を優先し、「リーマンショック級」の危機が発生するリスクがあると主張したが、これは、各国との認識のズレが大きいことを市場に知らしめる結果となってしまった。米国は大統領選挙の影響もあって早期利上げに急速に傾いており、日本がサプライズ的な経済対策を打ち出すことについて、歓迎しなくなっている。サミットを通じて、日本は自らの選択肢を狭めてしまったかもしれない。

ドイツは当初から財政出動に否定的

 今年の前半は、資源価格の下落や中国の景気失速など不安材料が目白押しで、伊勢志摩サミットでは、経済対策が主要な議題になるとの声も多かった。安倍政権としては、7月の参院選を控えており、サミットをうまく活用することで大型の景気対策を打ち出し、選挙を有利に進めたいとの思惑があったようである。米国の一部から財政出動が必要との見解が示されていたことを利用し、サミットでは、協調した財政出動について安倍首相がリーダーシップを発揮するというシナリオが準備された。
 だが、財政出動についてドイツは当初から否定的であり、英国やフランスもドイツの立場を尊重する可能性が高かった。各国が協調した財政出動を実現するには、どうしてもドイツのメルケル首相を説得しなければならない。安倍首相がゴールデンウィーク中にわざわざドイツと英国を訪問し、メルケル首相と会談したのは、財政出動についてメルケル氏の理解を得るためである。
 しかし、一連の首脳会談においてドイツはほぼゼロ回答に終始し、キャメロン英首相も各国の事情を考慮すべきと、日本側には同調しない方針を明確にした。安倍首相はほぼ手ぶらで帰国し、今回のサミットに臨む結果となった。
 ドイツが日本主導の財政出動に対して否定的な理由は2つある。ひとつは、経済政策に対するドイツの基本的な考え方であり、もうひとつはマクロ的な経済環境の変化である。

結局、日本だけが財政出動を要望する格好に


 ドイツは、基本的に財政出動が経済を持続的に成長させるという認識を持っていない。財政再建を積極的に進め、過大な政府債務を削減した方が、長期的な効果は大きいとの立場だ。実際、ドイツは財政再建を実現しており、2015年度予算からは事実上国債の発行がゼロになっている。
今年度からは財政黒字が発生しており、政府債務の増大は経済にとってマイナスという認識すら持ち始めている可能性がある。こうしたドイツの基本的な価値観は、ギリシャやスペインなど債務問題を抱えた国に対する苛烈なスタンスからも明らかといってよいだろう。
 そうなってくると、先進国で突出した財政赤字を抱える日本は微妙な存在ということになる。ドイツにとってみれば、日本が行うべきなのは、財政再建であって財政出動ではない。いくら安倍首相が説得したところで、こうしたドイツのスタンスは変わらない可能性が高い。
 こうしたドイツの姿勢に加え、サミットが近づくにつれ、世界経済をめぐる状況も大きく変わってきた。抜本的な問題が解決されたわけではないものの、資源価格の下落が一服し、中国の景気失速について、ある程度、底入れの見通しが立ってきたことから、悲観論が急激に後退してきたのである。
 当初は財政出動を模索していた米国もあまり関心を寄せなくなり、財政出動を力説するのは、唯一マイナス成長の瀬戸際に立たされている日本だけという状況になってしまった。
 サミットでの議案は、開催前に事務方の折衝でほぼ内容を固めることになっており、本会議の場で突っ込んだやり取りが行われることは通常ない。協調した財政出動が盛り込まれないことは、すでに分かっていたことであり、実際、首脳宣言でも「財政出動」ではなく「財政戦略」という曖昧な文言に書き換えられた。また、債務残高のGDP比を持続可能な水準にするという、日本にとって不都合な文言はそのまま残されている。

クルーグマン氏のオフレコ破りが示唆していた今回の筋書き

 日本は今回のサミットで完全にハシゴを外された格好となってしまった。それはあくまで結果論だと思われるかもしれないが、必ずしもそうとは言い切れない。日本がドイツを説得できない可能性は、安倍首相が訪欧したゴールデンウィークより、さらに以前から予見されていたからである。
 安倍首相は、消費税再延期の地ならしをする目的で、3月に著名な経済学者などを相次いで官邸に招き、会談を行っている。その中で、ポール・クルーグマン教授との会談内容をクルーグマン氏本人が公開してしまうというハプニングがあった。
 クルーグマン氏によると、安倍首相は「オフレコで」とクギを刺した上で「サミットを前に、ドイツに対して財政出動を説得したい」と発言し、「そのためによいアイデアはないか」と質問したそうである。クルーグマン氏は、一方的にオフレコを要請され、国内政治向けのパフォーマンスに利用されたことを不快に思ったようで「メルケル氏を説得するのは難しい」と安倍氏の質問を一蹴した上で、「華麗な外交は私の専門ではない」と批判的な発言を行っている。
クルーグマン氏の言動の是非はともかく、安倍氏がメルケル氏を説得しようと考えていることや、一般的に見て、その実現は困難であろうことが、安倍氏の訪欧前に広く知れ渡ってしまったのである。

米国が再び利上げモード突入で、日本はますます動きづらく

 結局、日本は各国の同意を得られないままに、サミットでは国内向けのパフォーマンスを最優先した。その挙句に「リーマンショック級の危機」とかなり唐突な発言を行ったのである。
 サミットの場で、首脳が国内政治向けのパフォーマンスを行うというのは時折見られる光景であり、殊更にそれが問題視されるわけではない。だが、今回、安倍氏が財政出動に強くこだわり続け、世界経済の情勢について「リーマンショック前と似た状況」とまで表現したのは、少々まずかったかもしれない。
 日本は諸外国との認識に大きな隔たりが存在することを考慮する余裕がなくなっており、消費税の再延期と大型の財政出動しか頭にないことが、市場に知れ渡ってしまったからである。
 米国は大統領選挙においてトランプ候補が当選する可能性が現実味を帯びてきたことに加え、足元では良好な経済指標が続いていることもあり、急速に利上げに傾いている。米国の経済指標が良好なのは事実だが、ホンネのところは、大統領選挙の前に利上げを実施しておき、その後の金融政策の自由度を拡大しておきたいというところだろう。
 そうなってくると、日本がサプライズ的な政策を打ち出すことはあまり望ましいことではなく、実際、米国のルー財務長官は日本側の機動的な動きにクギを刺すような発言も行っている。
 安倍氏は今週にも消費税の再延期を表明する見通しであり、近く、比較的規模の大きい経済対策を打ち出す可能性が高い。だが、このような八方塞がりの状況では、市場は大きく反応しない可能性が高いだろう。


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